振動子型触覚デバイスを用いた流れ場表現

矢野 博明* 廣瀬 通孝* 小木 哲朗** 田村 善昭**

(東京大学工学部*、東京大学インテリジェント・モデリング・ラボラトリー**)

Haptization of Flow Field Using Vibration

Hiroaki YANO*, Michitaka HIROSE*, Tetsuro OGI**, Yoshiaki TAMURA**

Engineering Research Institute, the University of Tokyo*,

Intelligent Modeling Laboratory, the University of Tokyo**

2-11-16 Yayoi,Bunkyo-ku,Tokyo,113,Japan

Tel:+81-3-3812-2111(ext.7723) Fax:+81-3-5800-6827

E-mail:yano,hirose@ihl.t.u-tokyo.ac.jp,tetsu,tamtam@iml.u-tokyo.ac.jp

Abstract: This paper described a method of scientific haptization using vibrating devices in large working volume virtual environment. In such environment, haptic devices must have following characteristics,(1) large working volume (2) light weight (3) easy to move. Vibrating device is satisfied such characteristics. By setting some vibrating device to user's hand and controlling the pattern of the vibration, we can feel the values of scientific data. We developed a system that consist of vibrating device and CABIN(Computer Augmented Booth for Image Navigation). Using this system, we developed a scientific haptization system which the user can feel the flow around a space plane.

Keyword: Virtual Reality, Haptics, Scientific Visualization, CAVE, Vibrating device


1. はじめに

バーチャルリアリティの視覚ディスプレイとして複数の大型スクリーンを用いて利用者の 周りを映像で覆うCAVE[1]等の空間型ディスプレイ装置が注目を集めている。このディスプレイは大規模な仮想空間表示や流体の可視化などさまざまな用 途に利用されている。一方、仮想物体からの反力を呈示するために種々のデバイスの研究がおこなわれ、触覚付きのより高度な仮想空間の構築が可能となってき た。この種の触覚デバイスを空間型ディスプレイの中で使い、仮想物体からの反力等をユーザに呈示することで操作性の向上や仮想空間の認識が容易になるなど さまざまな効果が期待される。ところが従来の触覚デバイスはデスクトップの作業に適するよう作られており、CAVEのような比較的移動範囲の大きい仮想環 境での作業を前提としたものは例が少ない。これは触覚デバイスがマニピュレータを基本とした設計となっており、可動範囲と呈示可能反力とのトレードオフで 仕様が決定されていた為である。CAVEなどの空間型ディスプレイにおける触覚呈示では、(1)可動範囲が大きくとれ、(2)軽量で、(3)動き回りやす いことが少なくとも望まれる。このような触覚呈示装置としてはRutgersMaster[2]やCyberTouch(Virtual Technologies社)があげられる。これらの研究では空気圧や振動を用いて主に仮想物体との接触判定や形状の表現が行われているが、指先に反力や 振動を呈示するだけで情報量が少ない。本研究では流体計算等におけるベクトル場等を表現する手段に触覚の利用を考えており、このような目的に従来のデバイ スを利用することは困難である。

そこで本研究では、空間型ディスプレイにおいて流れ場等を触覚情報と して呈示するために、17個の振動子を手袋に取り付けた振動子型触覚デバイスを開発した。この振動子の振動パターンを制御することで流れの方向の認識を可 能とするデータ呈示環境を構築し、その評価をおこなった。

 

2.システム構成

振動子型触覚デバイスを用い、空間型ディスプレイにおいて科学技術データの触覚呈示を可能とするためのシステムを開発した。

2.1 振動子型触覚デバイス

本研究ではのCyberGlove(Virtual Technologies社)に17個の振動子を取り付けた振動子付きデバイス(Fig.1)の開発をおこなった。

Fig.1 17個の振動子付きCyberGlove

これはCyberGloveの5本の指の背と腹(親指は背のみ)に1つずつ、掌面に2つ、手の側面に5個の計17個の振動子(ページャモータ)を取り付けたものである。この配置については以下の条件について留意を払って設計した。

(1)さまざまなパターンを呈示するために振動子は、少なくとも手の表と裏で対称な位置に取り付ける必要がある。

(2)手の長さ方向に情報を呈示するために指先だけでなく手の甲などに複数個振動子をつける必要がある。

(3)裏表だけでなく手の側面にも振動子をつけるとより細かいデータ呈示が可能となると考えられる。

(4)振動子はあまりたくさんつけても意味が無い。振動子の触二点閾を測定すると、場所にもよるが1.5〜3.0cmという結果を得た。これを加味した間隔で配置する必要がある。

以上の条件を満たす配置としてFig.2に示す場所に振動子を取り付けている。

Fig.2 17個の振動子の位置

 

計算機は、RS232C を用いて指や手首の曲げ角の取得や振動子の制御をおこなう。センサーデータの読み込み、モータの制御はV25CPUボードを用いておこなっている (Fig.3)。V25CPUボードはCyberGloveのコントローラからセンサーデータを受け取り、それを随時ホストコンピュータに送信する。また モータの制御命令をホストコンピュータから受けると、PIOを通してPWM(Pulse Width Modulation)方式のモータ駆動回路へ制御信号を送信する。

Fig.3 振動子型触覚デバイスシステム構成

また、手首の絶対座標系での位置計測には、磁気センサ(Polhemus社UltraTrak)を用いている。手首の位置と指関節の曲げ角データから各指先の位置を計測することができる。

振動子を動作させる際の 磁気センサへの影響は、振動子を動作させないときのノイズが0.7mm程度であるのに対して、振動子を最大出力で動作させた場合1mm程度であった。この 主な原因としては振動そのものによる指先位置のぶれが考えられるが、この程度のノイズであれば、広い空間内を動き回るような作業では、その影響は無視する ことができる。

また、振動子は偏心質量 が取り付けられたモータであり、計算機より0から255までの制御命令をPWM方式モータ駆動回路に入力することでその振動強度を制御する。しかし、モー タの電機子の機械摩擦による回転数の低下や偏心質量が十分な速度で回転しないと閾値に達しないなど、モータへの制御命令がそのまま振動感覚量と対応してい ない。したがってモータへの制御命令の値と人間の振動感覚強度の関係を何らかの方法で対応づけし、制御信号−振動感覚強度曲線を作成する必要がある。本研 究では心理物理学で用いられるマグニチュード推定法[3]を用い、制御信号と振動感覚強度の関係を求めた。その結果をFig 4に示す。制御信号―振動感覚強度曲線の近似曲線は、べき乗関数、1次関数、3次関数、 log、 ロジスティック関数で近似した結果、ロジスティック関数の重相関係数が0.97と一番高かった。0からの立ち上がりと255付近が横軸と平行になる特徴な どがよくあっているのでこの関数で近似する。予備実験をしたところ各指ごとの制御信号―振動感覚強度曲線の形状は手のひらの振動子、手の甲の振動子、側面 の振動子、小指の振動子でFig.4とほぼ同じ形状であった。

Fig.4 人差し指の背の振動子における制御信号-振動感覚強度補正曲線

この結果から各振動子毎 の曲線の形状は同じで、その倍率(スケール)が違うと仮定した。各振動子の閾値を計測し、すべての振動子のなかで最も感度の鈍い部位の振動子の最大出力を 基準に正規化して、各指での制御信号-振動感覚曲線を決定した。なお、振動子は制御信号によって回転周波数と振幅が同時に変化する。この曲線はその二つが 同時に変化した場合の振動感覚強度を与えている。

2.2 空間型ディスプレイ(CABIN)

本研究では、空間型ディスプレイとしてCABIN (Computer Augmented Booth for Image Navigation)[4](Fig.5)を使用する。

 

Fig.5 CABIN システム

CABIN は、上下、左右、前面の計5面を一辺2.5mのスクリーンによって覆った没入型ディスプレイである。5画面分のスクリーンの画像生成には、それぞれ1台ず つSGI ONYX i-stationを用いており、UltraTrak(Polhemus社)を用いて利用者の頭の位置を計測することで視点位置に応じた立体映像を提示す ることができる。視点や手先位置座標等のデータは、ScramNetを用いて5台の計算機で共有する。さらにこれらのグラフィックスワークステーションは 超並列計算機(IBM SP2,HITACH SR2201)とFDDIで接続されており、大規模数値計算の結果をただちにCABIN内に表示することが可能となっている。(Fig.6)

Fig.6 CABINシステム構成

上記振動子型触覚デバイス、磁気センサはi-stationとRS232CおよびEtherNetにより接続されている。描画速度は60Hz,デバイスの制御は振動子付きグローブが50Hz、UltraTrakが120Hzでおこなわれる。

広 い可動範囲を持つ仮想環境での振動子付きデバイスを用いた応用の一つに流体データを呈示することが考えられる。Fig.7はこのシステムを用いてスペース プレーン周りの流体の可触化をおこなっているところである[4]。この応用では、スペースプレーン周りの流体の流線をユーザの指先から出し、手先位置の流 速ベクトルを振動子によって呈示している。

Fig.7 スペースプレーン周りの流れ場の可触化

 

3.流れ場の表現手法

Fig.8 ベクトル呈示の際の振動呈示手法

大 規模な空間の情報を2次元ディスプレイによる視覚情報のみで提示する場合、複雑なデータを認識することは困難である。特に流体の場合、多次元データとなる ため視覚情報のみで表すと、離散的なベクトル表示や流線、半透明による等圧面表示等の方法が必要になり、これらのデータを同時に表現しようとすると、ユー ザに大きな負担をかけることになる。

CABIN のようなユーザの周り全体を被うことのできる3次元立体ディスプレイを用いると、大規模な流体シミュレーションの結果の全体を一望することができ、歩いて データに近づけばその部分を拡大して見ることもできる。また、計算結果の一部(流速ベクトル、渦度など)を手で直接触るあるいは感じることができれば、さ らに理解の役に立つと考えられる。

本研究では、振動子型触覚デバイスを用いて流体の流れを知覚するため4つの振動呈示法を比較検討した(Fig 8)。

ここでは流速ベクトルの方向成分のみに注目し、各振動子間の振動感覚強度を変化させることで方向を知覚させている。呈示データは、流れ場の中の手の代表点(人差し指先端)における一つのベクトル量を想定している。

3.1 方法1

この方法は手の代表点の流速ベクトル(風向き)をもとに、風上にもっとも近い振動子に最大強度が呈示され、ほかの振動子は振動しないモデルである(Fig.8 (1))

3.2 方法2

手 の代表点の風向きをもとに、風上にもっとも近い振動子に最大値、次に近い振動子はその3/4、次は最初の2/4、次は最初の1/4の振動量、それ以外の振 動子は振動がゼロになるように振動強度を決定する(Fig.8 (2))。なお、手のひら平面の法線と流速ベクトルのなす角によって手の表裏どちらの振動子を振動させるかを決定する。

3.3 方法3

手 の代表点の風向きをもとに、風上にもっとも近い振動子に最大値を出力する。それ以外の振動子については手のひらの法線ベクトルとなす角度のCos成分の振 動強度を出力する。手のひら平面の法線とベクトルのなす角によって手の表裏どちらの振動子を振動させるかを決定する。(Fig.8 (3))

3.4 方法4

上 記の方法は、その場所での向きにあわせてデータを呈示していたが、この方法は振動感覚がある一定の速度で移動していく方法である。呈示する流速ベクトルを 法線として持つ平面をベクトル方向に沿って移動させ、平面とぶつかる振動子を逐次振動させていくことで、振動の方向を呈示する。(Fig.8 (4))。なお、手のひらの法線ベクトルと呈示するベクトルとのなす角度に応じて、手のひらと手の甲側のどちらの振動子を振動させるかを決定する。

4 評価実験

前 述の4つの手法に対して評価実験を行った。3次元空間を網羅する18方向のベクトルを呈示手法、ベクトル量に関係なくランダムに呈示した。実験の間被験者 は自身の手を能動的に動かして流れの方向を探索する。被験者が呈示されたベクトルの方向を答える際は、その方向に手のひらが垂直になるように向けスイッチ を押して計算機に記録した。被験者の数は健康な男性5人である。Fig.9は実験結果であり、誤差の平均および標準偏差を示してある。

Fig.9 実験結果

こ れらの結果から22から35度程度の誤差で方向知覚ができることがわかった。4つの方法について分散分析を行った結果、P-値は5.99E-14と有意差 があった。方法4が一番精度良く識別できているが、これは手を動かさなくても振動の強度が常に変化するため、被験者にとって変化が識別しやすいこと、長時 間同じ部位が同じ刺激を受けないので感覚麻痺が少ないことなどが原因としてあげられる。また方法1の結果から振動子一つでは、方向を知覚することが難しい ことがわかる。方法2と方法3では、ベクトルの向きを探るときに手のひらをベクトルと垂直にして探ることが多く、方法3だと手のひら全体が揺れるようにな り、より直感に近いことが若干の差の原因と考えられる。

手のひらの法線ベクトルと呈示ベクトルとのなす角度に応じて、振動させるモータを切り替えた場合と切り替えなかった場合では、表裏の判定を入れてい ない場合は、方向を180度間違えることがまれにあった。表裏の判定をおこなった場合は方向を180度間違えることはなかった。これは表裏判定の無い場 合、手のひらがベクトルの方向に向いていると手の表と裏の振動子の振動刺激が、ほぼ同時に知覚されるためと考えられる。

5.考察

本 研究では、流体計算の結果などを可視化する際に触覚を用いたデータの呈示手法の開発をおこなった。ここでは、データとして流速ベクトルを取り上げている が、流速だけでなく、力ベクトルや温度勾配ベクトルなどベクトル量として表現することの出来るものであれば、同様の方法で表現することが可能である。ま た、例えばカルマン渦など局所的な変化が大きいような流れの場合には、手を動かすとベクトルの方向が急激に変わるため、その変化が振動子の振動パターンに 即座に反映される。本実験から刺激の変化するものに対する感度は高いため、カルマン渦の様な場において、急激にベクトル方向が変化している場所を探索する ようなアプリケーションには適していると考えられる。このようなアプリケーションとしては流体に限らず有限要素法の計算結果から構造部材の主応力の向きを 本システムによって呈示することで、主応力の変化を探索する場合にも有効であると考えられる。

しかしながらベクトルの方向変化が非常に小さい場所を探索する場合は、隣り合ったベクトルの差分を取った空間にするなど表現上の工夫は必要である。 また、本実験では、一様なベクトル場で、手を能動的に動かすことでベクトルの方向を知覚する方法を採った。したがって局所的な変化の大きいデータ空間内で ベクトルの向きを把握しようとする場合には、仮想の手の位置を固定し、実世界で手を動かしても仮想の手は姿勢だけしか変えない機能を付けるなどの手法が考 えられる。手を能動的に動かさなくても方向を知覚する方法については今後の課題である。

またモーメントをあらわす場合には、ベクトルをただ単に回転させるだけでは、認識の誤差が大きすぎて回転軸を特定することは非常に困難である。このような場合、ファントムセンセーション[5]等を用いて刺激点を移動させることで呈示する方法なども考えられる。

6.まとめ

本 研究では、CABINなど比較的広い可動範囲を持つ仮想空間における触覚情報の呈示手法の一つとして、振動子型触覚デバイスを用い、その振動のパターンを 制御することで流れ場を知覚できるシステムを構築し、呈示手法の評価を行った。その結果、ベクトル場を呈示する場合に本呈示手法が有効であることが分かっ た。

今後の課題としては、能動的に手を動かさなくてもベクトル量を知覚する呈示手法の開発等が挙げられる。

参考文献

[1]C.Cruz-Neira, D.J. Sandin, T.A. DeFanti, Surround-Screen Projection-Based Virtual Reality: The Design and Implementation of the CAVE, Computer Graphics, pp.135-142, (1993)

[2] Burdea, "Force and Touch Feedback for Virtual Reality" WILEY INTERSCIENCE(1996) pp128-129

[3] 心理学大辞典、平凡社(1981)

[4]渡辺、小木、田村、矢野:没入型ディスプレイの流体シミュレーションへの応用、機械学会第10回計算力学講演会論文集,pp411-412(1997)

[5]白井、久米、津田、畑田:皮膚感覚のファントムセンセーションを用いた3次元画像との対話システム,信学技報 TECHNICAL REPORT OF IEICE. IT96-119 pp77-84 (1997)